「灯台」タグアーカイブ

鹿児島 一湊郵便局 風景印

〒891-4203
鹿児島県熊毛郡屋久島町一湊221

いっそうゆうびんきょく

使用開始年月日:1987(昭和62 )年7月23日
一湊海水浴場  屋久鯖の一本釣り  矢筈嶽神社  一湊灯台  矢筈岳

鹿児島県って言っても住所から見てもわかるように、送った先は屋久島でした。

一湊地区は島の北側に位置しています。

なので、描かれている海水浴場や神社、灯台、山はすべて島の北側にあります。
矢筈岳は標高135m。
矢筈岳に登ると一湊灯台にたどり着けるようです。

矢筈嶽神社は半島の洞窟の中にある神社だそうです。御神体は、昔海に浮き上がって来た石で白い布に包まれているのだとか。

Google mapより写真をお借りしてきました。
北に突き出た半島の西側にありました。

位置関係はこんな感じです。
なっちゃん食堂がぐいぐいアピールしてきます(;^_^A

62円かもめーるに合わせてみようと思い、郵頼しました。

石川 狼煙郵便局 風景印

〒927-1441
石川県珠洲市狼煙町ヘ部92

のろしゆうびんきょく

使用開始年月日:1952(昭和27)年4月21日
禄剛埼灯台 金剛崎 白馬連峰 佐渡島

禄剛埼灯台(ろっこうさきとうだい)は、珠洲市にある灯台です。
歴史的・文化的価値の高さから、Aランクの保存灯台(明治時代に建設された現役の灯台の中で、特に歴史的・文化財的価値が高いもの。全国で23基)に指定されているほか、「日本の灯台50選」にも選ばれています。
通常の灯台は、レンズを回転させることにより光を点滅させていますが、この灯台では、レンズを固定し灯火の遮蔽板(しゃへいばん)を回転させることによって点滅させています。(等明暗白光 明3秒暗3秒)

狼煙という名前がついているからには、やはりそれに纏わる由来があるのかなと思ったのですが、はっきりとは言えないものの、昔、この地域で北前船を難破させないように狼煙をあげて合図を送っていたそうなんです。一歩間違えれば佐渡島に流されてしまうとか。。。

色んな灯台を見に行ってみたいですが、行くのが遠いのでなかなか(当たり前)・・・(;^_^A

灯台の特印を貰って来たので、そういえばと思って去年小型印と共に貰った風景印を今頃アップしました・・・

灯台150周年 特印

日本初の洋式灯台である「観音埼灯台」が1868(明治元)年11月1日に起工してから、150周年の節目の年を迎えることから、記念の切手が発売されました。
左端が現在の観音崎灯台で右端が初代の観音崎灯台です。

初日には行けなかったので手押し印だけですが押してもらいました。

手押しのデザインはてっきり現在の観音崎灯台だと思っていたのですが、、、袂に馬が描かれています。。。何故??
観音崎灯台には馬はいないそうなんです。
局で聞いてみた所、発表があったわけではないけれど、似たような灯台をしていて袂に馬がいる所が青森県の尻屋崎灯台だそうです。
もしかしたらそちらを描いておられるのかも?!でも、それが正解だとしたら何故手押しだけ切手とは別の灯台を描かれたのか気になります。。。

海上保安庁のHPでロゴマークが発表されてました。
各地の灯台でイベントもあるようです。って今頃気が付きましたが、もっと早くから行われていました(-_-;)
どこか普段入れないような灯台の見学に行けたらいいなぁ。

北海道 渡島当別郵便局 風景印

〒049-0282
北海道北斗市当別4丁目2-18

おしまとうべつゆうびんきょく
使用開始年月日:1981年(昭和56年)10月23日
トラピスト修道院へ続くポプラ並木 葛登支岬灯台

葛登支岬灯台(かっとしみさきとうだい)は函館港西側にある葛登支岬の白い大きな灯台です。
1986年(明治18年)初灯ですが、現在の建物は昭和25年にコンクリート造で建て替えられた2代目なのだそうです。

トラピスト修道院は、カトリックの修道会の一つである厳律シトー会(トラピスト会)の修道院です。
1894年(明治27年)当時の函館教区教区長A.ベルリオーズ司教がトラピスト会総長に日本に創立の可能性を打診したのが始まりだそうです。

風景印にぴったりな切手でIさんから頂戴しました。

裏面は雪景色のポプラ並木!
素敵ですねぇ。こんなところに行ってみたいです。

素敵なマッチングをありがとうございます(*’▽’)

局はいさりび鉄道、渡島当別駅にあります。
駅にも行ってみたい。。。

兵庫 西宮今津郵便局 風景印

〒663-8215
兵庫県西宮市今津水波町13-19

今津

使用開始年月日:1978年(昭和53年)9月1日
今津港 灯台

今でも現役の木造灯台です。現役で使用されている灯台(番号3632 大関酒造今津灯台 不動緑光)としては日本最古のものだそうです。

1810年(文化7年)、大関酒造の長部家5代目長兵衛が、私費を投じて今津港頭に建設したのが始まりです。
酒だけを単独で積む「樽廻船」が西宮には樽廻船問屋が6軒ありました。今津港からも多くの船が出航しており、長部家でも「住徳丸」「大栄丸」「松栄丸」などといった数隻の樽廻船を所有し、自醸の清酒「万両」(のちに「大関」となる)を江戸へ運んでいました。それらの船の安全を見守っていた灯台が今も現役で活躍しているんです。
大正時代に電灯に変わるまで、丁稚さんが油2合をたずさえて点灯に行くのが習わしだったようです。

大関ってあの「ワンカップ大関」で有名な大関です。。。

そんな灯台の実物も見るつもりでした。西宮南甲子園局から今津局まで歩いて行く途中で寄ろうと思ってたのです・・・

が。。。

予定はうまくいかず、知人に車で送って貰うことになり、断り切れず楽して2局を回ることになってしまい、灯台は見れず・・・次回是非見に行って見たいと思います。

印影が綺麗です。新しく新調されたのかもしれません。

2016 .1.25
灯台を見に行ってみました。

大関酒造今津灯台

いいお天気で眩しすぎてうまく写真が撮れませんでしたが、、、とても素敵な灯台でした。灯台にしてはかなり小ぶりなのではないかなと思います。(地上ー塔頭まで6.7m)

今津港

西日が強いのですべてが逆光に・・・(^^;
「大関酒造今津灯台」というのが航路標識として登録されている名前のようです。