「高知県」カテゴリーアーカイブ

高知 高知城山町郵便局 風景印

〒780-8036
高知県高知市東城山町109-8

使用開始年月日:2000(平成12)年11月1日
鏡川に架かる新月(しんつき)橋 高知城

鏡川に架けられた最初の橋は天満橋(現在の天神大橋)で、江戸期に藩主が菩提寺の真如寺へ行くためのものだったそうです。
明治4年の青柳橋に続く3番目の橋として明治31年に新月橋が架けられました。築屋敷の上流に新しく築かれた堤(シンヅキ)のそばであったところから転じたとされているそうです。
現在の橋は平成元年3月に完成しました。

風景印が配備された日を見れば、この橋が新しくなったので、風景印が出来た。。。のかもしれませんね。

風景印の通り、少しユニークな形をしています。

風景印図案の角度からは写真撮ってませんが、、、以前訪問した日はとてもいいお天気でした(*’▽’)

風景印はIさんより頂戴したものです。とても綺麗な印影で嬉しいです。
ありがとうございます!

高知 窪川郵便局 風景印

〒786-8799
高知県高岡郡四万十町茂串町1-30

使用開始年月日:2000年(平成12年)3月8日
四万十川の火振り漁 沈下橋 仁井田米 四国霊場37番札所・岩本寺 遍路 名産・鉄砲百合 

火振り漁は、たいまつで網に 鮎を追い込む漁法です。竿で水面を叩く音によって鮎を驚かせ、たいまつの火を振りながら水中に張った網に追い込んで獲る漁法で、夏から初秋にかけての新月の夜に鮎が眠りについた頃を見計らって行います。資源保護のため、川漁師でも漁業許可証を交付されているんだそうです。

四万十川の沈下橋とは、増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のことです。水の抵抗を受けにくくするためや、欄干があることにより木などがが引掛り水の流れが悪くなることを防ぎ、更なる川の氾濫を避けるために、最初から欄干を設けていません。

かなり薄くて図案がはっきりしない部分がありますが、お寺とお遍路さんぐらいまではなんとか見えます。
左下はうっすらユリかな?って思う程度のものが確認できます(;^_^A
仁井田米ってどれ?って思ったら、真ん中あたりの△のやつ。。。米俵が描かれていますが、何だかわからなくなっちゃってます。。。

宇和島~高知へ移動中、乗り換えた駅です。到着した時刻が17時を過ぎていましたが、この局は19時まで開いている局だったので、ありがた~く訪問させていただきました。

 

高知 高知はりまや町郵便局 風景印

〒780-0822
高知県高知市はりまや町2-12-8

使用開始年月日:1999年(平成11年)7月15日
はりまや橋 からくり時計

高知本町局と同じく、はりまや橋が描かれています。

からくり時計は、はりまや橋からすぐ目の前にある大きな通り、「はりまや通り」を横断して北へ行くとこのからくり時計があります。

はりまや橋側から撮影したからくり時計です。
実は、からくりがあるって知りませんでした(-_-;)
いい感じの時計があるな・・・ぐらいしか思ってなかったんです。

1時間おきに、よさこい節のメロディとともに、高知城、桂浜、はりまや橋が出てくる豪華な時計です。
1回の演奏でよさこい節、高知市歌、季節別の歌。が流れてくるそうです。

ちょうど00分を少し過ぎた頃に到着したので、気が付かないままでした・・・

局で押印してもらって初めて気が付きました。図案の時計はちょうどからくりが出ているところが描かれていましたので・・・(;^_^A

 

高知 高知本町郵便局 風景印

〒780-0870
高知県高知市本町3-2-5

使用開始年月日:1985年(昭和58年)8月1日
高知城 はりまや橋 よさこい踊り

はりまや橋はかつての堀川にあった橋の一つでした。
江戸時代に、堀川を挟んで商売を行っていた「播磨屋」と「櫃屋」が、両者の往来のため私設の橋を架けたことが「はりまや橋」の由来といわれています。
その頃はそんなに有名な橋ではなかったようですが、ヨサコイ節の歌の中に出てくることから今では有名な橋になったようです。

今ある橋は平成に入って復元されたものだそうで、かつてのはりまや橋は、はりまや橋公園地下広場に欄干が残されているそうです。明治時代の頃の復元の橋もはりまや橋公園内にあるそうです。

はりまや橋に行くつもりがなかったので、何にも調べてなかったので、、、地下の欄干や明治時代の復元橋を見逃してしまいました。。。

土日開いている局ではありませんが、朝8時から開いている局なんで助かりました!

なかなか古い建物だなぁと思ったら、建て替えます。って案内が貼ってありました(;^_^A

高知 高知中央郵便局 風景印

〒780-8799
高知県高知市北本町1-10-18

使用開始年月日:1987年(昭和62年)年7月1日
よさこい節の純信、お馬 高知城天守

土佐の高知のはりまや橋で坊さんカンザシ買うを見た。ヨサコイ、ヨサコイ。

というヨサコイの歌に出てくる坊さんが「純真」で、恋に落ちた相手が「お馬」です。当時の純信は37歳、馬は17歳だったそうです。歳の差20歳!!お坊さんは恋愛禁止なので、見つかって破門んになってしまうんですよね。。。

この印影を見て、お城のポストカード、切手と合わせて押印してもらったのが県庁内局でよかったと思ったのでした(^^;

高知 高知県庁内郵便局 風景印

〒780-0850
高知県高知市丸ノ内1-2-20

使用開始年月日:2006年(平成18年)4月3日
高知城天守閣 山内一豊の妻「千代」と名馬の像

高知城、杉の段に山内一豊の妻と馬の像があります。

安土桃山時代の武将、山内一豊は織田信長に仕え、その後秀吉、家康に仕えています。関ヶ原の戦いで活躍し、土佐20万石の大名になっています。
その妻、千代とその妻が一豊の為に結婚の際の持参金で買い求めた馬。の像です。

一豊は東国の商人が売りに来た馬をどうしても購入にしたかったのですが、あまりにも高価すぎて(普通の馬が1両のところ、10両もしたとか)買うことはできない。
それを知った千代が、鏡箱から十両を取りだします。

『夫の大事のときにだけ用いなさい』

と言われ、持参したと。。。

一豊はその金子で馬を買い、京で行われた「馬ぞろえ」(馬を集めてその優越を競いあう武家の行事の1つ)に参加しました。
そこで、信長の目を引き、出世の足がかりになったと言う話があります。

史実かどうかははっきりしていないようですが、内助の功で夫を支えて出世へ導いた妻ということは間違いなかったそうです。

お城へ出かけた際には、お城のポストカードと切手、風景印と合わせたいと思っているので、綺麗な風景印で合わせることができ、よかったです。
天守入り口の入城券売り場で売っていました。(4枚入り400円)
高知中央局で押してもらおうと思ってましたが、、、そうしなくてよかったと後に思うことになろうとは思ってもみませんでしたが・・・