「城」タグアーカイブ

熊本 熊本中央郵便局 風景印

〒860-8799
熊本県熊本市中央区新町2-1-1

使用開始年月日:1967(昭和42)年6月1日
熊本城天守 阿蘇山

熊本城は熊本市の茶臼山丘陵一帯に築かれた平山城です。現在の地名では中央区の本丸、二の丸、宮内、古城、古京町、千葉城町に当たるそうです。

中世に千葉城、隈本城が築かれ、安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて加藤清正がこの城を取り込み、現在の本丸にあたる部分の築城を行い、 細川氏の時代になると西側に二の丸、三の丸が加わりました。

現在の天守は1960年に鉄筋コンクリートで外観復元されたもので、内部は「熊本市立熊本博物館分館」となっていますが、、、2016年の熊本での地震で大きな損傷が出て、大部分で立ち入り禁止となっています。

2020年1月撮影

こちらで風景印を対応して下さった方はとても慣れておられた様子でした。押印もとてもお上手です。

大分 竹田郵便局 風景印

〒878-8799
大分県竹田市竹田町97-2

使用開始年月日:1952(昭和27)年4月1日
荒城の月 岡城址

「荒城の月」は、土井晩翠作詞・瀧廉太郎作曲による歌曲ですが、瀧廉太郎が小学校時代を過ごした富山市の富山城、同じく大分県竹田市の岡城址から曲の着想を得たとされ、それぞれ富山城西側、岡城址に歌碑と廉太郎の銅像が設置されています。

竹田市にある豊後竹田駅(岡城訪問の際の最寄り駅)では、列車が到着する際の接近メロディとして歌詞付きでこの曲が流れます。
岡城の下を走る国道502号の上り車線にはメロディ舗装がなされた区間があり、車が通過すると荒城の月のメロディが聞こえるようになっており、岡城からでもその音を聞くことが出来ます。
通過する車のスピードにより、音程が高く聞こえたり低く聞こえたりするのは面白いです。

岡城の話ですが、現在の大分県竹田市大字竹田にあった山城で、「臥牛城(がぎゅうじょう)」、「豊後竹田城」とも呼ばれています。 伝承では、1185(文治元)年に緒方惟義が源頼朝に追われた源義経を迎えるために築城したことが始まりだと言うことです。

現在は石垣を残すのみで建物は遺っていません。

岡城址を訪問後、竹田局に立ち寄り、押印をお願いしました。
とても丁寧に対応して下さって、嬉しかったです。

神奈川 小田原郵便局 風景印

〒250-8799
神奈川県小田原市栄町1-13-13

使用開始年月日:1960(昭和35)年9月26日
小田原城天守閣 ウメ

小田原城は、神奈川県小田原市にあった、戦国時代から江戸時代にかけての平山城で、北条氏の本拠地として有名です。
北条氏時代の天守は独立式望楼型でしたが、1633年の地震により倒壊。

その後、何度か天守が建てられたようですが、火災や地震により倒壊・消失してしまったそうです。

現在の天守のモデルとなる天守が建てられたのは1706年、当時の城主大久保忠増が建てた天守で、複合式層塔型3重4階のものでした。
幕末までこの天守は存在しましたが、1870年~72年にかけて城内のものはほとんど取り壊されてしまい、天守台には大久保神社が建てられていたそうです。
その後、関東大震災により天守台が崩壊。
1953年、小田原市制の施行20周年記念事業で天守の復興が計画され、現存している旧天守模型を元にし、天守の再建工事が行われました。天守が再建されるまでの間、天守台には観覧車が置かれていたんだそうです。1960年5月25日、天守の再建工事が完成。ただし、再建した天守は鉄筋コンクリート構造によるもので、小田原市当局の要望により天守最上階に高欄が取り付けられ、天守の本来の姿を忠実に再現するものではないそうです。

Mさんが現地より送って下さいました。シンプルですが、素敵なデザインだと思います。ありがとうございます。

 

兵庫 洲本郵便局 風景印

〒656-8799
兵庫県洲本市本町3-1-34

使用開始年月日:1980(昭和55)年4月24日
洲本港 洲本城址 カモメ

洲本城(別名 三熊城)は、兵庫県洲本市(淡路島)にある、標高132mの平山城で、国指定史跡となっています。
続日本100名城にも選ばれています。

現在ある洲本城は模擬天守ですが、1928年(昭和3年)に昭和天皇御大典記念として、総工費1万円で建造された鉄筋コンクリート製のもので、四層四階の層塔型の模擬天守となっています。
ただし、模擬天守としては日本で最古だとか。。。

まだ城址には行ったことがありませんが、とても眺めのいい所なので、天気のよい日に行ってみたいです。

Nさんより頂戴しました。
こちらも2.3.2.3で語呂のいい日です(*^-^*)

新潟 高田郵便局 風景印

〒943-8799
新潟県上越市大手町3-21

使用開始年月日:2001(平成13)年10月22日
三階櫓 蓮見橋 ハス
外枠 サクラ

高田城は、高田平野にある菩提ヶ原に築かれた平城で、徳川家康の六男、松平忠輝(越後少将家)の居城として天下普請によって造られました。天守はなく、1614年に3重3階の三重櫓を建てて天守の代用としたそうです。
当時の三重櫓の外観は不明で、江戸城の富士見櫓に似た外観であったと伝えられている。
現在の櫓は上越市発足20周年記念事業として、焼失した三重櫓を1993年に復興したものだそうです。新潟県指定史跡に指定されています。

今年の城の日はこちらの局に郵頼してみました。
2.4.6なんだか語呂もいいです(*^-^*)

兵庫 尼崎大物郵便局 風景印

〒660-0823
兵庫県尼崎市大物町2-10-15

使用開始年月日:2019(平成31)年4月1日
尼崎城 大物主神社(おおものぬしじんじゃ)

局の名前は「だいもつ」と読みますが、神社の名前は「おおもの」と読むんです。
こちらも尼崎駅前局と同じく、尼崎城のオープンに合わせて図案改正となりました。

大物主神社の創建ははっきりしていないそうですが、地域住民の氏神として信仰されているそうです。

兵庫 阪神尼崎駅前郵便局 風景印

〒660-0861
兵庫県尼崎市御園町46

使用開始年月日:2019(平成31)年4月1日
尼崎城と南隣に所在する本興寺の三重塔

梅川像と庄下川シリーズの風景印がようやく尼崎城が出来たことにより図案変更となりました。

尼崎城は、江戸時代の1617年、戸田氏鉄が5万石が入り、新築されました。しかし、明治6年の廃城令で、尼崎城は取り壊されてしまいます。その尼崎城があった場所は、小学校や高校になっており、遺構は完全に消滅してしまっていました。
しかし、ミドリ電化(現エディオン)創業者の安保詮(あぼ-あきら)さんが約10億円の私財を投じて、尼崎城の天守を再建しました。
もとの場所ではありませんが、阪神尼崎の駅前、尼崎城址公園にその天守が建てられました。
2019年3月28日に「開城記念式典」が行われ、3月29日から一般公開となりました。

本興寺は1420(応永27)年に細川満元の帰依を得て開創されました。1617(元和3 )年、領主戸田氏の尼崎城築城の際、代地として現在地を得て移転し今日に至っています。
ここは日隆聖人ご入滅の聖地であり、聖人が日蓮大聖人の教えを正しく伝えるために著された三千余帖(三百余巻)の「御聖教」(おしょうぎょう)が格護されています。塔は「霊廟」の額を掲げ、位牌堂として用いられているそうです。

この三重塔の目の前に局があります。

 

高知 高知城山町郵便局 風景印

〒780-8036
高知県高知市東城山町109-8

使用開始年月日:2000(平成12)年11月1日
鏡川に架かる新月(しんつき)橋 高知城

鏡川に架けられた最初の橋は天満橋(現在の天神大橋)で、江戸期に藩主が菩提寺の真如寺へ行くためのものだったそうです。
明治4年の青柳橋に続く3番目の橋として明治31年に新月橋が架けられました。築屋敷の上流に新しく築かれた堤(シンヅキ)のそばであったところから転じたとされているそうです。
現在の橋は平成元年3月に完成しました。

風景印が配備された日を見れば、この橋が新しくなったので、風景印が出来た。。。のかもしれませんね。

風景印の通り、少しユニークな形をしています。

風景印図案の角度からは写真撮ってませんが、、、以前訪問した日はとてもいいお天気でした(*’▽’)

風景印はIさんより頂戴したものです。とても綺麗な印影で嬉しいです。
ありがとうございます!

岡山 高梁郵便局 風景印

〒716-8799
岡山県高梁市旭町1389-1

使用開始年月日:1997(平成)4月11日
重文・備中松山城

松山城は高梁市にあった山城です。別名、高梁(たかはし)城。「備中松山城跡」として国の史跡に指定されています。
日本100名城。松山城という名前が、日本各地にあり、混同を避けるために、一般的には「備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)」と呼んでいます。
城跡が国の史跡、江戸時代に建造された天守や二重櫓などが重要文化財に指定されています。標高430メートルの臥牛山山頂にあり、現存天守を持つ山城としては最も高い所にあります。

4年前に訪問した時に撮影したものです。

風景印は、Iさんより頂戴いたしました。お城一択の風景印、とても嬉しいです。ありがとうございます。

岐阜 岐阜中央郵便局 風景印

〒500-8799
岐阜県岐阜市清住町1丁目3-2

使用開始年月日:1990年(平成2年)10月24日
岐阜城 岐阜ちょうちん(鵜飼いの鵜) 金華山 長良川

岐阜城は、岐阜市の金華山(稲葉山)にあった山城です。織田信長が、斎藤龍興から奪取した稲葉山城の縄張りを破却して、新たに造営しました。
現在建っている天守は復興天守(天守がかつて存在したことは確かで、元の場所に構造問わず再建された天守のうち、史料不足により規模や意匠に推定の部分があるもの)です。

Sさんより頂戴したものです。
あれ?岐阜県の初風景印でした(;^_^A