「さくら」タグアーカイブ

広島 広島船越郵便局 風景印

〒736-0081
広島県広島市安芸区船越5-13-20

使用開始年月日:2020(令和2)年2月13日
旧町花である誰故草(タレユエソウ) 船越のシンボルである岩滝山
外枠 サクラ

船越町はかつて広島県安芸郡に存在しましたが、1975年3月20日に安芸郡矢野町とともに広島市に編入されて消滅しました。

誰故草はエヒメアヤメとも言うそうです。
明治30年、愛媛県で見つけられ、当時の植物学者牧野富太郎博士によって地名を取って「えひめあやめ」と命名されました。

アヤメに似ていますが、花の大きさは4センチ程度だそうです。

Iさんより頂戴いたしました。切手もサクラで合わせて頂いていて、嬉しいです。

新潟 高田郵便局 風景印

〒943-8799
新潟県上越市大手町3-21

使用開始年月日:2001(平成13)年10月22日
三階櫓 蓮見橋 ハス
外枠 サクラ

高田城は、高田平野にある菩提ヶ原に築かれた平城で、徳川家康の六男、松平忠輝(越後少将家)の居城として天下普請によって造られました。天守はなく、1614年に3重3階の三重櫓を建てて天守の代用としたそうです。
当時の三重櫓の外観は不明で、江戸城の富士見櫓に似た外観であったと伝えられている。
現在の櫓は上越市発足20周年記念事業として、焼失した三重櫓を1993年に復興したものだそうです。新潟県指定史跡に指定されています。

今年の城の日はこちらの局に郵頼してみました。
2.4.6なんだか語呂もいいです(*^-^*)

栃木 氏家郵便局 風景印

〒329-1399
栃木県さくら市卯の里3-33-4

使用開始年月日:2019(令和元)年9月10日
那須連山を一望できる氏家ゆうゆうパークの桜づつみに咲き誇るソメイヨシノと氏家雛めぐりの雛人形
【外枠】さくら

さくら市と言うだけあって、風景印が桜のデザインとなりました。昔からある名前じゃないだろうなと思って調べたところ、2005年3月28日に塩谷郡氏家町と喜連川町が新設合併して誕生した市で、宇都宮市に隣接しています。もちろん、桜の名所が多くあるようです。
その一つ、氏家ゆうゆうパークは鬼怒川河川敷に作られた公園で、約300本ものソメイヨシノがあるそうです。

また、奥州街道が通る氏家地区は昔、氏家宿として栄え、商家が多く代々伝わる雛人形も数多く残っています。 それを活用し、たくさんの来場者に雛人形を見て回りながら市民との交流、市街地の活性化を目的として始まったのが「氏家雛めぐり」だそうです。
JR氏家駅前及び、さくら市役所周辺の商店、施設、個人宅などお飾り処、約70箇所に様々な雛人形飾られているそうです。

もうすぐひな祭りだな。。。と言うことで図案改正の際にいただいた風景印をアップしてみました。

使用年月日:1987(昭和62)年10月10日~2019(令和元)年9月9日
将軍地蔵(そうめん地蔵) 勝山城跡  鬼怒川での鮎釣り風景
須連山の遠望を描く

勝山城は現さくら市にあった中世の日本の城です。

自然の地形を利用した平山城で、西側には鬼怒川が流れています。宇都宮氏一族の氏家氏の居城、のちに芳賀氏の支城でした。現在は、勝山公園とさくら市ミュージアムとなっています。

山口 岩国西郵便局 風景印

〒741-0062
山口県岩国市岩国2-17-17

使用開始年月日:1950年(昭和25年)11月1日
錦帯橋 桜

風景印のデザインは岩国局と同じです。

Yさんより頂いたものですが、貯金印もお願いして下さったようです。可愛い(*’▽’)
岩国局の風景印はとても薄くてデザインが見えにくかったのですが、こちらはとても綺麗に押して押して頂いていて嬉しいです。
ありがとうございます!

青森 三戸郵便局 風景印

〒039-0199
青森県三戸郡三戸町八日町15-2

使用開始年月日:2010(平成22)年4月1日
三戸城温故館 馬場のぼる作「11ぴきのねことぶた」から写生するねこ
外枠 リンゴ

三戸城温故館はお城の形をした資料館です。
戦国時代、南部氏がこの地方の支配の拠点としてこの地に三戸城を築きました。現在は県立城山公園として整備され、1,600本の桜が咲き誇るさんのへ春まつりなどの行事で親しまれています。
資料館には南部氏にまつわる資料のほか、縄文時代から近代までの三戸町にまつわる資料が展示されています。

三戸は11ぴきのねこを描かれた馬場のぼるさんの故郷ということで、ねこが三戸城を写生しています。11ぴきのねこ、もちろん知っていますが、、、内容をあまり覚えていません(-_-;)

東京 東京流通センタービル内郵便局 風景印

〒143-0006
東京都大田区平和島6‐1‐1

使用年月日:1995年(平成7)3月3日~2017年(平成29)8月30日
流通センタービルA・B棟 東京モノレール
首都高速平和島クローバーチェンジ
外枠 ウメ

東京流通センターは、大田区平和島にある物流センター、およびそれを運営する企業です。
敷地内に4つの物流ビルを持ち、このうち先に作られたA棟・B棟は地上6階建て・延床面積が約17万平方メートルで5トントラックまでの車両が自由に行き来できる仕様(ダブルランプウェイ方式)となっています。
また道を1本隔てた場所には延床面積約36000平方メートルのC棟、同8700平方メートルのD棟があります。

この度、B棟が立て替えられ、7月に完成したため、風景印が変更されました。

使用開始日:2017年(平成29年)9月1日
東京流通センター物流ビルB棟(物流倉庫) 東京モノレール 
八重桜
外枠 サクラ

旧印はA・B棟が描かれていましたが、B棟だけになり、ウメがサクラに変わっています。

流通センターは、構内で働く方々、近隣そしてモノレールから見える風景に、季節感をとどけたいという願いを込め、1972年に八重桜を中心に250本 植樹され、今では約300本の桜に囲まれる名所になっているんだそうです。

東京 文京水道郵便局 風景印

〒112-0005
東京都文京区水道2-14-2

使用開始年月日:1996年(平成8年)8月8日
神田川 鯉 サクラ

神田川の元の名前は「平川」といい、現在の日本橋川の分流点付近から南流し、現在の丸の内・日比谷に入り込んでいた日比谷入江に注ぎ込む川でした。
1590年(天正18年)に江戸に入府した徳川家康は、海辺で井戸によって真水を満足に得ることができない江戸の飲料水を確保するために平川を改修し、井の頭池と善福寺池、妙正寺池を水源とする神田上水を整備しました。この改修により井の頭池を出て善福寺川、妙正寺川と合流する上流部分は現在の姿となり、神田上水は川の本流から目白で分流して小石川、本郷に水を供給するようになりました。

洪水がしばしば起きるということもあり、1980年代以降の川岸整備や放水路の増設によって治水が成されました。その際に植えられた桜が大きく育って、現在では花見スポットになっているそうです。

神田川には鯉がいるそうです。なんで鯉?!っと思ったら、ボウフラやユスリカ対策なんだそうです。
東京都と流域自治体と都民は神田川の水質改善策と環境改善の対策として 鯉を川に放流した結果 、鯉がボウフラを食べてユスリカが発生しなくなったそうです。

Iさんより頂戴しました。とても綺麗な印影で。。。風景印を大切にしてくださっている局なのかなと思います。

東京 本所吾妻橋駅前郵便局 風景印

〒130-0001
東京都墨田区吾妻橋2-3-13

使用開始年月日:2015年(平成27年)5月25日
吾妻橋 屋形船 スカ イツリー アサヒビールの燃え盛る炎 サクラ
 外枠 区木・サクラ

墨田吾妻橋局から改称・移転された局です。

吾妻橋の創架は1774年(安永3年)10月17日のことで、それまでは「竹町の渡し」と呼ばれた渡し舟があった場所です。
江戸時代に隅田川に架橋された5つの橋のうち最後の橋で、1769年(明和6年)4月に浅草花川戸の町人伊右衛門と下谷竜泉寺の源八の嘆願が幕府によって許可され、着工後5年で完成したそうです。
現在の橋は1931年(昭和6年)6月に竣工した3径間鋼ソリッドリブタイドアーチ橋で、橋長150m、幅員20mです。

こういう位置関係になっているとは知りませんでした。。。
真ん中の四角いビルがアサヒグループの本社ビルで、金色のオブジェがのっかってるビルが『スーパードライホール』です。

オブジェのデザインは、フランスのデザイナーのフィリップ・スタルク氏によるものだそうです。
スタルク氏はスーパードライホールの設計も担当されています。オブジェは燃え盛る炎をデザインしたもので、「フラムドール」(フランス語で金の炎)と呼ばれているんだとか。アサヒビールの燃える心を象徴しているそうです(^^;
オブジェが炎、そして下のスーパードライホールが聖火台をイメージして設計されたそうです。

吾妻橋の袂のクルーズ船乗り場から撮影したものです。

クルーズ船に乗ってお台場の方まで行ったのですが、船が出るまでの待ち時間で訪問しました。
押印、とてもお上手でした。

福島 富岡郵便局 風景印

〒979-1199
福島県双葉郡富岡町本町1-25

使用開始年月日:1994年(平成6年)11月21日
町花・ツツジ 町木・サクラ 町鳥・セキレイ

2011年3月11日に起きた東日本大震災の影響で休止になっていました。2017年4月4日に営業が再開されました。風景印はまだ用意できていないということでしたが、この度、発表があり、風景印も再開されました。
再開日に押印を依頼しました。

神奈川 小田原南町郵便局 風景印

〒250-0013
神奈川県小田原市南町3-2-48

使用開始年月日:2017年(平成29年)6月1日
小田原城 豆相人車鉄道 桜

小田原城は室町時代に大森氏の築いた山城が前身(諸説あるようです)で、その後、北条氏、阿部氏、稲葉氏、大久保氏の居城となった平山城です。
明治に入っての廃城令により、天守が取り壊されてしまいますが、1960年(昭和35年)にRC構造によって外観復元されています。ただ、小田原市当局の要望により天守最上階に高欄が取り付けられ、天守の本来の姿を忠実に再現するものではないんだそうです。
2015年7月から2016年4月末まで、約9億9千万円をかけて耐震改修工事を行い、2016年5月、リニューアルオープンしています。

豆相人車(ずそうじんしゃ)鉄道は1896年(明治29年)に営業を開始(前年に7月に熱海~吉浜間が先に開通しています)した、小田原と熱海を結んでいた鉄道です。人車の名の通り、人が客車を押して線路上を運行していました。約3人の人夫が押していたそうです。1907年(明治40年)に軽便鉄道に転身し、蒸気運転となりました。

新しい62円切手に押印してもらったものです。52円切手の桜より、綺麗だなって思います。10円高くなってるんですけどね(~_~;)