「クスノキ」タグアーカイブ

大阪 四條畷郵便局 風景印

〒575-8799
大阪府四條畷市中野本町25-20

使用開始年月日:2004(平成16)年4月1日
大久保利通自筆の碑 クスノキ 小楠公の墓

小楠(しょうなん)公と言うのは、南北朝時代の武将、楠木正行(くすのきまさつら)のことを差しています。
正行は楠木正成(くすのきまさしげ)の子です。1348年(正平3)年の四條畷の戦いで北朝方(足利尊氏方)の高師直(こうのもろなお)と戦って討ち死しました。

正行の遺骸はこの地に葬られ墓石が建てられたと伝えられています。その後80年経ち、墓石を挟むように2本のクスノキが植えられます。成長を続けたクスノキは墓石を包み込み2本が1本となって現在に至っています。
その時の墓石はクスノキに飲みこまれてしまったそうです。。。

現在墓所にある石碑は1878(明治11)年に建てられたもので、大久保利通の自筆による「贈従三位楠正行朝臣之墓」の銘が刻まれています。

で、墓石がこちら、、、

どうも風景印に描かれている石碑とは形が違うような、、、

風景印に描かれているのはこちらの石碑じゃないかと思うのですが。でも、これは大久保利通公が書かれたものかどうかはわかりませんでした。(そのようなことは書かれてませんでした)

真相はわからずです。

墓石は風景印にある通り、囲いの中にあるので、近づいてみることはできません。

2本が1本になったというクスノキ。。。立派です。

大阪 平野郵便局 風景印

〒547-8799
大阪府大阪市平野区平野西3-1-5

平野

使用開始年月日:2007年(平成19年)10月1日
重文・杭全神社第一本殿 天然記念物・クスノキの老木
外枠 区花・ワタ

平安の初期、征夷大将軍坂上田村麿の子、広野麿が杭全荘を領地として賜ってこの地に居を構え、その子当道が貞観四年(862)に氏神として素盞嗚尊を勧請し祇園社を創建したのが第一殿だそうです。(杭全神社HPより)明治に入って、「杭全(くまた)神社」という社名になった。
現在の第一殿は1690年(元禄3年)建立。一間社春日造、檜皮葺き。

天然記念物のクスノキは杭全神社内にあります。1949年(昭和24年)に制定されました。幹周は7.85m、樹高は19.5m。樹齢800年~1000年ほどだそうです。

江戸時代、平野の代表的産業は繰綿(くりわた)と綿作で、綿の集散地としても栄え、明治時代には綿業の町に発展いったそうです。昭和61年7月、コミュニティ協会の設立10周年を記念し、募集により決まったようです。
わたはアオイ科の1年草で高さは60cm~1mぐらい。花は7月下旬から8月下旬頃まで順次開花します。色は黄色が多く、白・紅色などもあります。開花後1ヵ月位で朔(さく)とよばれる実ができ、8月中旬頃から実がはじけ、白いわた毛があふれてきます。

時々この綿毛ができているのを見かけることがありますが、アオイ科だったとは・・・花が咲いてても、オクラだと思っていたかも(^^;

大阪市内ぐらいは自分の足で貰って歩きたい。と思ってたけど、、、小型印をもらうのに時間が無かったため、郵頼してしまいました・・・