大阪 天神橋三郵便局 風景印

〒530-0041
大阪府大阪市北区天神橋3-11-1

天神橋三

天神天満ほっとなかよし 夫婦橋

局のすぐ近くにある夫婦橋(復元された欄干のみ)、そのたもとにある「天神天満ほっとなかよし」の像?が図案になっている。

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夫婦橋の由来を記した碑が橋のたもとにある。

夫婦橋は、旧天満堀川が天神橋筋と交差する所に架けられていた。
堀川は、当初豊臣秀吉時代の慶長3年(1598)に一部が開削され、その後天保9年(1838)に扇町から東北へ延伸された。夫婦橋はこの堀川の延伸に伴って架けられたものである。
延伸前ここに女夫池という池があった。この名の起こりについては二説あるが、その一説に昔この辺りに仲睦まじい若夫婦が住んでいた。わけあって夫は妻に三年間待ってほしいと言い置いて他国へ出かけた。期限が過ぎても帰って来ないので、妻は思い余って池に身を投げて死んだ。その後夫が戻って来るが妻の死を知り、後を追って入水して果てた。世人これを哀れんで女夫池と呼んだという。v 天満堀川延伸により池は埋められ能勢家の邸と妙見堂が建てられた。
縁日にはこの「夫婦池の妙見さん」は参詣人で大変賑わったという。
夫婦橋は、昭和四年に一径間鋼鈑桁の近代橋に生まれかわった。
戦後堀川は環境が悪化したので埋め立てられることとなり、川筋は阪神高速道路の高架橋の下に入り、この辺り天保9年に開削された処も昭和47年には変面道路となり現在に至っている。                             平成11年 大阪市

女夫池、つまり夫婦池は、元々朝来池という池があったところの傍らにもう一つ池を掘って女夫池となる。天保8年(1837)頃堀川に淀川の水を通すため開削し、女夫橋が架けられていたようだ。

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橋の現在の姿。

碑にある通り、阪神高速の下にあり、橋はなく残っているのは欄干だけ。欄干も1999年に復元されたものだそうだ。

ほっとなかよしの像についてはなぜここにあるのか、わからずじまい。写真を撮ろうとしたが、、、そこにはお昼寝をしている人が(–;また今度ということで。

天神橋三

なかなか自分で再訪する機会がないのですが、お友達が行ってきたーって写真送ってくれはったんで、外観を掲載してみます(^^)

後日、通りがかる機会がやってきたので写真撮ってみました。

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