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愛媛 大洲郵便局 風景印

〒795-8799
愛媛県大洲市大洲728-1

使用開始年月日:1966年(昭和41年)6月1日
大洲城 肱川橋 鵜

肱川(ひじかわ)は、愛媛県南予地方を流れる肱川水系の本流で、一級河川です。
かつて人々は、「町はずれに大川有、舟わたし。」と『四国邊路通指南』に記されているように舟で肱川を渡っていましたが、天候に左右されるなど渡河往来には困難を極めていました。明治になって、13隻の川舟を繋ぎ板を乗せた浮橋が架けられ、これが肱川橋が開通するまでの38年間、交通上の重要な役割を果たしていました。その後、1913年(大正2 年)に3年の月日を費やし肱川橋が開通しましいた。現在の橋は4代目で1967年(昭和42年)にできたものですが、耐震性を満たしていないとのことで、昨年秋ぐらいから、架け替え工事が行われています。

仮設の橋の上から。肱川橋の橋脚です。

大洲城から見た肱川橋の橋脚と仮設の橋。

大洲城は、1331年(元弘元年)鎌倉時代末期に守護として国入りした伊予宇都宮氏の宇都宮豊房によって築城されたといわれていて、その後、藤堂高虎等によって大規模に修築がなされ、伊予大洲藩の政治と経済の中心地として城下町は繁栄していきました。

肱川から見える大洲城。
風景印のお城が小さいので同じような感じで・・・

鵜飼いは「古事記」や「日本書紀」にも記述がある昔ながらの漁法で、鵜の食道で魚を一気に気絶させるため、傷がつかずしかも新鮮。古くから天皇、貴族、大名などへの献上品として保護されていました。江戸時代に大洲藩でも鵜を使った漁法が行われていたことが古文書に記されているそうです。
明治以降は、漁法も近代化が進み一時は衰退していましたが1957年(昭和32年)に肱川で観光鵜飼として復活させました。
現在大洲では31隻の屋形船と3隻の鵜船で鵜飼を行っており、岐阜県長良川・大分県日田市三隈川とともに、日本三大鵜飼いに数えられているんだそうです。

9時少し前に到着しましたので、ゆうゆう窓口で押印を依頼しました。