鹿児島 種子島郵便局 風景印

〒891-3199
鹿児島県西之表市西町61-1

使用開始年月日:1965(昭和40)年7月5日
馬毛島のソテツ 種子島銃 忠孝碑

種子島へ着く船は西之浦港に着くのですが、その港からすぐ近くに局はあります。
こちらは土日祝でも開いています。

ゆうゆう窓口的な要素も含んでいるので荷物を取りに来る方もおられます。
ちょうど訪問した時は一人の方が対応されていて、、、風景印を押そうとするも、押す場所とかをお願いしている時間に他の方を待たせてしまいそうだったので、自分で押していいですか?と初めて申し出ました。

快く了承していただいたので、窓口の端っこで自分で押印してみました。

図案にある「忠孝碑」ですが、、、
種子島は鉄砲が伝来した場所として有名です。その伝来に纏わるもののようです。

ポルトガル船がやってきて、鉄砲が伝来したわけですが、その鉄砲を国内でも作るよう、刀鍛冶八板金兵衛清定が命を受けます。
金兵衛はポルトガル人から譲り受けた鉄砲の国産化に情熱を燃やしていましたが、銃身の手元に使っていたネジの切り方がどうしても分からず、完成に至らなかったそうです。

金兵衛には若狭という娘がいました。若狭はそんな父の姿をみかねて、ポルトガル人の妻となることを決心します。(ポルトガル人の要望が嫁にくれたらネジの切り方を教えてやると言う話だったとか)こうして念願の国産銃が誕生しました。

ポルトガルへ渡った若狭は、翌年、種子島への復航船に乗り込むことができ、種子島の地に帰りついています。 帰国から数日後、突然の急病で若狭は死んでしまい、八板家で葬儀が行われましたが(偽装だったそうですが)、南蛮人は涙を流さなかったと伝えられています。

そんな若狭のお墓の敷地内に建てられている碑のようです。
今回、そちらへは行けませんでしたが。。。

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