「ゆうゆう窓口」タグアーカイブ

秋田 秋田中央郵便局 風景印

〒010-8799
秋田県秋田市保戸野鉄砲町5-1

使用開始年月日:1995年(平成7年)年7月7日
竿燈 久保田城御隅櫓

竿燈(かんとう)は、毎年8月3日 ~ 6日に秋田市で行われる祭りです。正式名称を「秋田竿燈まつり」と言うそうです。
竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立て、額・腰・肩などにのせ、豊作を祈る。 重要無形民俗文化財に指定されています。

竿燈の大きさは色々あるようですが、大きいもので重さ50kg、長さ12m、提灯の数は46個あるんだとか。よくそんなものを1点で支えられるもんですね。職人技・・・

久保田城は、羽後国(旧出羽国)秋田郡久保田(現在の秋田市千秋公園近辺)にあった平山城です。久保田藩、佐竹氏の居城でした。
石垣は基底部に僅かにあるのみでその上に土塁を盛られていて、天守も持たず塁上に「出し御書院」と呼ばれる櫓座敷を建ててその代わりとし、他に8棟の櫓を建て並べていたそうです。
1880年(明治13年)の大火で城内の建造物はほぼ焼失してしまいました。大火を逃れかつ解体も移築もされなかった御物頭御番所が現存しています。本丸新兵具隅櫓(御隅櫓)、本丸表門が再建されています。

御隅櫓です。自分では行ってませんが、秋田へ出かけたH氏にお願いして写真を撮ってもらいました。

静岡 熱海郵便局 風景印

〒413-8799
静岡県熱海市水口町13-14

使用開始年月日:2000年10月2日
お宮の松 熱海湾 初島 大湯間欠泉
外枠 市花・ウメ

お宮の松は、静岡県熱海市の東海岸町の国道135号線沿いにある松のことです。
尾崎紅葉の『金色夜叉』の中で、間寛一とお宮の熱海海岸での別れの場面の舞台になったといわれています。
自動車の普及により、排ガスや舗装の影響で衰えたため、1966年11月に地元のホテルの寄贈により2代目の松が植えられたそうです。

初島は、伊豆半島東方沖の相模灘に浮かび、静岡県の最東端でもあります。面積は0.437 km²。
島内から縄文時代の遺跡が発見されていて、古くから人の居住があったと考えられています。

大湯間欠泉は世界の三大間欠泉とまで謡われていましたが、明治時代中期に自噴が止まってしまいます。その後、関東大震災の際に再び自噴が始まりましたが、昭和初期に再び自噴が止まってしまったそうです。その後、1962年(昭和37年)に人工の間欠泉として整備され、現在に至っています。

熱海に行かれたTさんより頂戴致しました。お忙しい中、お葉書送っていただいてありがとうございます!

京都 伏見郵便局 風景印

〒612-8799
京都府京都市伏見区撞木町1148

使用開始年月日:1987年(昭和62年)11月1日
伏見の酒蔵 疎水

兵庫・灘の酒と並んで京都・伏見は酒処として有名です。
月桂冠や黄桜酒造、宝酒造などのお酒が伏見でつくられています。

疎水というのは琵琶湖疎水のことで、琵琶湖の湖水を京都市へ流すために作られた水路のことです。

兵庫 西宮東郵便局 風景印

〒663-8799
兵庫県西宮市甲子園春風町5-1

使用開始年月日:1980年(昭和55年)4月21日
甲子園球場 構えている打者

甲子園局とほぼ同じ図案ですが・・・

よーくみるとちょっとだけ違います(^^;
西宮東局はなぜラッキーゾーンをそのままにしているんだろう・・・

兵庫 三田郵便局 風景印

〒669-1399
兵庫県三田市天神1丁目5-20

さんだゆうびんきょく
使用開始年月日:1991年(平成3年)11月3日
旧九鬼家住宅資料館 北摂三田ニュータウン
外枠 三田市章

三田藩の家老職を代々つとめた九鬼(くき)家の当主九鬼隆範が、明治初期(明治8年前後)に建てた全国でも数少ない擬洋風建築の建物で、兵庫県重要有形文化財に指定されています。
擬洋風建築とは、明治維新後の純洋風の建築物を大工が似せて建てた建築物です。

大阪 茨木郵便局 風景印

〒567-8799
大阪府茨木市中穂積1-1-40

使用開始年月日:1999年(平成11年)11月11日
竜王山 郡山宿本陣(椿の本陣) 桜通り
外枠 市花・バラ

竜王山(りゅうおうざん)は、大阪府茨木市に所在する標高510mの山です。北摂山系に属しています。
忍頂寺(寿命院)が山麓に所在するため、忍頂寺山(にんちょうじやま)とも呼ばれています。

郡山宿本陣は旧西国街道の3番目の宿場です。国の史跡に指定されています。
旧西国街道(山陽道の一部として)は古来奈良時代から重要な道として存在し、京都や奈良から西へ向かう為の主要幹線道路の役目を果たしており郡山駅宿として古来より郡山宿は栄えていた事もあり、江戸時代には京都・西宮間の街道にある5つの宿場のちょうど中間点にあるため、西国大名等の参勤交代等に郡山宿が利用されてこの本陣を利用されていたそうです。
見学は可能のようでうが、今でも当主がおられるそうで、原則予約が必要だそうです。

忙しい局でしたが、局員さんはとても丁寧に対応、押印して下さいました。

千葉 千葉中央郵便局 風景印

〒260-8799
千葉県千葉市中央区中央港1-14-1

使用開始年月日:1988年(昭和63年)6月11日
臨港公園プロムナード 千葉ポートタワー 千葉都市モノレール 菜の花

千葉ポートタワーは1983年(昭和58年)9月に千葉県の人口が500万人を突破したことを記念して建設され、千葉県民の日である1986年(昭和61年)6月15日に開館しました。
建物は地上4階、塔屋2階建てで高さは125.15m(最高高さ137.25m)

臨港公園プロムナードは、千葉駅西口付近から始まり、市役所前をとおり千葉ポートタワーに続く遊歩道です。

千葉都市モノレールはサフェージュ式懸垂式モノレールです。
千葉みなと駅から県庁前駅を結ぶ1号線と、千葉駅から千城台駅を結ぶ2号線の2路線あります。
1988年3月28日に最初の区間である2号線スポーツセンター駅 – 千城台駅間が開業し、1999年3月24日に1号線を含めた全線が開通しました。
総営業距離15.2kmは懸垂式モノレールとしては世界最長で、2001年にギネス世界記録に認定されています。

懸垂式って・・・ぶら下がっているっていうことなんですね(;’∀’)
こんな形のモノレールがあるって知りませんでした。
大阪にもモノレールがありますが、、、風景印で使用している局はないので、是非取り入れてもらいたいなぁ。。。

Kさんより頂戴しました!ありがとうございます(^^)

神奈川 小田原郵便局 風景印

〒250-8799
神奈川県小田原市栄町1-13-13

使用開始年月日:1960年(昭和33年)9月26年
小田原城天守閣 ウメ

小田原城は室町時代に大森氏の築いた山城が前身(諸説あるようです)で、その後、北条氏、阿部氏、稲葉氏、大久保氏の居城となった平山城です。
明治に入っての廃城令により、天守が取り壊されてしまいますが、1960年(昭和35年)にRC構造によって外観復元されています。ただ、小田原市当局の要望により天守最上階に高欄が取り付けられ、天守の本来の姿を忠実に再現するものではないんだそうです。
2015年7月から2016年4月末まで、約9億9千万円をかけて耐震改修工事を行い、2016年5月、リニューアルオープンしています。

Iさんより頂戴しました(^^)立派なお城の風景印をありがとうございます!

富山県 氷見郵便局 風景印 

〒935-8799
富山県氷見市丸の内11-28

ひみゆうびんきょく
使用開始年月日:1985年(平成4年)8月1日
定置網にかかったブリ・イカ 阿尾城址 立山連峰

阿尾城は、氷見市阿尾城ヶ崎にある平山城です。
富山県史跡に指定されています。
富山湾に面した標高20~40mの独立丘陵上にあります。海側は断崖絶壁です。
築城時期は不明ですが、発掘された出土遺物からは15世紀後半頃には既に城として利用されていたとされています。

こんな所に城跡があったなんて知りませんでした。
知らずに偶然撮った写真の中に偶然写っていた城址です(^^;
断崖絶壁の城、、、見に行ってみたい。。。

氷見は「寒ぶり」で有名です。
九州の西部の五島列島辺りで産卵。
対馬海流にのって日本海を北上ぶりは九州から北海道へ。
エサに恵まれた北海道で丸々と太って南下を開始。日本海の能登半島にぶつかり富山の氷見に入ってくる。
この富山氷見に来たぶりはまだ脂がのった状態。
そこを氷見の活き締めによってぶりが水揚げされる。( 寒い冬に水揚げされるため「ぶり」は「ぶり」ではなく「寒ぶり」といわれるのはこのためでだそうです)
水揚げされなかったぶりはそのまま南下していくのですが、脂はどんどん減少していくそうです。

図案は定置網漁でかかったぶりと・・・イカが描かれているようなのですが、イカがどっかいって見えません(-_-;)氷見の「見」だって見えるはずのものが見えない状況になってます!残念・・・そろそろ新しいものに交換してもらいたいです。。。

ちなみに・・・氷見局の前には大きなお寺があります。

光禅寺というお寺です。
ここが、藤子不二雄Ⓐ先生の生家です。
時間がなくて行ってませんが、ハットリくんや怪物君の石像があるそうです。

石川 金沢中央郵便局 風景印

〒920-8799
石川県金沢市三社町1-1

使用開始年月日:1967年(昭和42年)6月1日
兼六園 ことじ灯籠 花菖蒲 金沢城石川門

ことじ灯籠は兼六園のシンボルとしてよく知られ、観光写真でも度々登場する2本脚の灯籠。粟ヶ崎(あわがさき:石川県粟ヶ崎市)の豪商、島崎氏が、十三代藩主、前田斉泰(なりやす)に献上したものです。 水面を照らすための雪見灯籠が変化したものです。形が楽器の琴の糸を支え、音を調整する琴柱(ことじ)に似ているため、その名が付いたと言われているのだとか。二股の脚は元々同じ長さだったのが、何かの原因で折れてしまい、今は石の上に片脚を乗せてバランスを保っています。

兼六園に二度も行ったのに、二度ともなぜかことじ灯籠を見ずに帰ってしまっている・・・(-_-;)

切手ギリギリに押印して欲しいとは言わないけど、ちょっとこれは切手にかかり過ぎていて残念💦